ABOUT
理念とステートメント
私たちは、スポーツそのものに価値を求めません。スポーツの価値は、それに関わる人——とりわけコーチ——の哲学や倫理観によって生み出されるからです。

ミッション・ビジョン・バリュー
| Mission | 世界の「平和」と個の「幸せ」の両立 |
|---|---|
| Vision | スポーツを通して、すべての人が自己の成長を追求できる社会 |
| Value | 精力善用 / 自他共栄 / 相助相譲 |
設立時ステートメント
新型コロナウイルスが収束していない状況下で、東京オリンピックが開催されました。開催の賛否に関してさまざまな声がありましたが、感染症の脅威や対策への不信感だけではなく、「スポーツの価値」が問われることにもなりました。
スポーツそのものの価値とはなんでしょうか。
私たちはスポーツで価値を生み出すことができると信じています。価値を見出した日常的なスポーツ活動(する、みる、ささえる)は、幸福で豊かな生活(ウェルビーイング)の実現に繋がります。
私たちは、スポーツそのものに価値を求めません。スポーツの価値は、それに関わる人(スポーツ人とする)の哲学や倫理観により生み出されるからです。私たちは、スポーツで価値を生み出していくためにも、スポーツ人(特にコーチ)が一生学び続ける姿勢が必要だと考えています。
リオオリンピック後に私たちは、多くの方と対話を通して一緒に学び・成長できる場を創出してきました(競技間情報交換会|褌の会)。この活動を継続的に推進していき、広く社会に貢献できるようにしていきたいと強く思うようになり、NPOを立ち上げました。
先に私たちは「一生学び続ける」を宣言します。
私たちは、「スポーツには価値がある」を発信するのではなく、スポーツ人がスポーツの価値を生み出し、多くの方に実感していただけるような活動に取り組んでいきます。
なぜこの理念なのか
豊かになっても、幸せにはなっていない
経済は成長し、技術は生活を便利にしました。けれども、人が感じる幸せはそれほど増えていません。近年の研究がそう示しています。
日本は外から「平和な国」と言われます。しかし実際に暮らしていて、息苦しさを感じている人は少なくありません。不公平だと感じること、まわりからの圧力。平和とは国の状態のことではなく、一人ひとりの内側が満たされているかどうかだと私たちは考えています。
息苦しさは、どこから来るのか
便利になった分、考える時間が増えました。ところが私たちは、その時間の多くを人と自分を比べることに使ってしまいます。
- 人より上だと示したい
- 人より劣っていると感じてつらい
- 人をうらやましく思う
そこに「こう思われるのではないか」という恐れや、その場の空気に合わせて自分を責める気持ちが重なります。戦う相手が、外ではなく自分の内側にできてしまう。
まわりの期待に応えて自分を犠牲にすれば、誰かは一時的に喜びます。でもそれは続きません。
哲学者たちは、これを別の言葉で呼びました。アランは「情念」、ラッセルは「自己没頭」。100年近く前から、同じ問題が指摘されています。
では、どうすればいいのか
三つあると考えています。
- 自分で決める——行動と考えを、人の目ではなく自分で選ぶ
- 学び続ける——損得ぬきの興味にしたがって、新しいことを知る
- 思いどおりにならないことを、まず認める——そのうえで乗り越える力を育てる
三つ目は、スイスの思想家ヒルティが「人生には不幸がある」と書いたことに通じます。避けようとするのではなく、あることを前提にして向き合う、という考え方です。
そこでスポーツの出番です
スポーツには、この力を育てる仕組みがそろっています。
- できるようになる経験が、自分を認める気持ちを育てる
- 礼儀や礼節が、相手との関わり方を教える
- 言葉が違っても、一緒にできる
ただし、勝ち負けだけに目を向けると、さきほどの問題がそのまま戻ってきます。人と比べる仕組みを、そのまま持ち込むことになるからです。
だから、三つの価値観を置いています
柔道の創始者・嘉納治五郎が遺した言葉です。
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| 精力善用 | 持っている力を、最も良い目的のために使う |
| 自他共栄 | 自分も相手も、ともに栄える |
| 相助相譲 | 助け合い、譲り合う |
いずれも「人より上に立つこと」を目標に置いていません。だからこそ、比べることに頼らずに自分が伸びていける場をつくれると考えています。
